アニメ業界の雇用形態といえば、真っ先にアニメーターや演出はフリーランスが多いというイメージがあると思います。今は仕上げや撮影もフリーランスが増えています。
近年、人手不足で育成や人員確保のために、新卒などを正社員・契約社員に迎え、フリーランスの方は拘束料金で囲うという流れになってきました。
ここで勘違いされがちですが、拘束料をもらっているからといって、雇用されているとは限らないのです。むしろほとんどの場合、明確な定め・契約書のない口約束であるため、証明できなければ法的な効力がほぼありません。
正社員・契約社員などの直雇用なら、労働基準法が適用されます。就業規則などで色々と定められていますので、何かあったときは労働基準監督署に相談や申告をするができます。
しかしフリーランスの場合、労働基準法は適用外です。残業や休憩時間の規制がないため、労働者自身の管理能力が求められています。規定や制限がないということはつまり、違反や反則になることは基本的にありません。それに報酬額、支払い期限などが明言されていない場合、未払いや不当な減額などが発生すると、大きなトラブルにつながります。
要するに、フリーランスは対策を取らないと、法律に守られないということです。ではフリーランスはどのようにして自分を守ればいいのか、紹介しようと思います。
※法律に詳しいわけではありませんので、あくまでも参考程度にして頂ければと思います
契約書を交わす
2010年代まではアニメ業界にいましたが、契約書という単語はほぼ聞かなかったのです。新卒のアニメーターも基本的に完全出来高で、交通費が支給されるところが多いですが、一部支給もしくは全く出ないところもあります。稀に研修期間の手当を出すスタジオもありましたが、いずれも雇用ではなくフリーランスとして仕事を出しているような形です。
2020年代頃から、コロナ禍にも負けずアニメの制作本数が年々増加。そのため、アニメーターや演出の需要がさらに高まりました。さらにSNSの普及の影響もあってか、情報の漏洩や技術が未熟なアニメーターの使用が多発するなどのトラブルが続出。他には報酬の未払い、単価の値下げなども多く報告されています。
揉め事が発生したとき、個人であるフリーランスは企業であるスタジオを相手にするのはかなり難しいです。力関係のバランスが明らかに偏っていてフリーランスが不利です。小さい作画スタジオに入っているアニメーターや演出はあまり情報を持たない人が多いです。知らずに良いように使われていたり、業界に居られないように噂を流すと脅されたりと様々。
それを解消するために、2024年11月1日に「フリーランス・事業者間取引適正化等法」(通称「フリーランス法」)が施行されました。契約書の締結や報酬の支払いに関する事項が義務化。仕事の内容や期間、報酬、情報の扱いなどを明確することでそういったトラブルを防げます。
規模が大きい会社ならすぐにできますが、小さい下請けや作画スタジオの場合、少々面倒に思われて中々交わしてくれないところもまだ存在します。ただ、最近はデジタル契約書も手軽にできるようになったので、ちょっとずつ増えている印象。
これからアニメ業界に入ってくる方も、今入っている方もできるだけ契約書を交わしましょう。
契約書の種類
社員・契約社員・アルバイトなどの直接雇用なら雇用契約と就業規則になりますが、それ以外は働き方によって交わす契約が変わってきます。派遣などは派遣会社の方でしっかり契約書を交わしてくれるので紹介はしません。
雇用契約は簡単にまとめると
- 会社に所属し、指示を受けて業務を行う
- 給与、労働時間、福利厚生などが会社によって定められている
就業規則は10人以上の労働者がいる現場に提出義務がある
- 会社が労働者の労働条件や職場内の規律などを定めた規則集
- 始業・終業時間、休憩時間、休日、休暇、賃金、退職に関する事項
- 遅刻や早退、欠勤、業務命令違反、不正行為など、従業員が守るべきルール
雇用契約はもちろんのこと、就業規則にも法的効力がありますので、会社も従業員も守らないといけません。
アニメーター・演出の多くはフリーランスなので、業務委託契約を結ぶことになります。アニメ制作会社から業務を請け負い、完成品を納品する契約形態です。
基本的に請負契約に分類され、成果物の完成を目的とする契約。例えば
- 絵コンテ、レイアウト、原画、動画の作成
- 作画監督業務、アニメーターの作画指導
- 演出業務
その他に、下記のような契約もあります
- 専属契約:いわゆる拘束契約。特定のアニメ制作会社の業務を優先的に行う。他の会社での業務は制限される場合もある
- 秘密保持契約 (NDA):秘密情報を開示する際に、その秘密情報を保護するための契約。ストーリーや設定、成果物などの漏洩対策
- 著作権譲渡契約:アニメーターが作成した作品の著作権を、制作会社に譲渡する契約です。キャラクターデザイン、版権など
最低限でも請負契約とNDAを結ぶべきです。それ以外は契約書に含まれているケースもありますので、署名する前に必ず契約書に目を通して、納得のいく内容であることを確認しなければなりません。
多くの場合は制作会社の方で用意すると思いますが、契約書は法的効力があるため、確認もせずに気軽に結んでしまうと、自分を守るはずのものが逆に自身の首を絞めることになってしまいかねない。何に注意すべきでしょうか?次で紹介します。
アニメーター・演出における契約時の注意点
作業内容は明確ですが、誰の持ち範囲かが曖昧な業界です。自分の仕事ならやらなければなりませんが、本来の規定の業務範囲外の仕事を普通に依頼してくることはザラです。その場合はしっかり断るか、遠慮せずに追加料金を請求しましょう。
□業務内容:レイアウト・ラフ原、原画、作監、演出など
委託された業務以外のことは基本的に断るか追加料金をもらえるように、作業範囲を明確に定めましょう。よくあるのはリテイク時に作監にTP修(動画のデータを直接直すこと)の依頼です。本来は動画や仕上げに発注する仕事ですから。
□報酬:金額、単価、請求・支払い時期など
請求書の提出期限、支払いの時期などもきちんと契約書に記載してもらいましょう。未払いの多くの原因はこれらを曖昧にしたからです。また、聞いた単価と違う金額を後から言われ、言った言ってない水掛け論にならないように明確にしましょう。
□単発の場合:作品、話数、カット数など
まず、契約は各作品や話数もしくはカット数の単位で交わしましょう。決められた範囲外の仕事が発生したとき、追加料金を取りましょう。
スケジュールにズレや遅れが生じる場合は違約金や契約の破棄の条件もハッキリさせておきましょう。自分だけでなく制作側も今までより責任を持って仕事を進めることにつながります。
□拘束系:作品、期間、専属契約など
拘束契約は上記の単発契約よりは安定した収入を手に入れられますので、できるだけつけてもらえるようにしたいですね。
ただ、拘束でも色んな種類がありますので、拘束する内容はしっかり把握した上で結びましょう。例えば月産カット数や絵コンテの本数、難易度などす擦り合わせましょう。こちらも具体的な数字を提示するかしてもらいましょう。アニメは各パートの難易度などがまちまちなので、きっちり具体的な数が定められないかもしれないが、目安くらいの数字は設けましょう。また、期間が伸びたりズレたりした時の対応も決めておくとトラブルを避けられます。他には契約の更新や解除などについても明確にしましょう。
□変更が発生する場合は双方の同意が必要
それぞれの都合もあると思いますが、一方的に変更を強要されないように、事前に定めることを強くお勧めします。許可なく他の人に仕事を振ったり、急に単価を変更されたり、契約解除など、生活費に影響しかねないので、必ず双方が話し合って決めるようにしましょう。
□変更や交渉した内容を必ず書面に残す
電話や口頭で相談や交渉などが行われた時、必ず後から確認できるように書面にして、ログを残しましょう。一番手っ取り早いのはメールにて相談や変更内容を相手に送るか送ってもらうようにしましょう。XなどのSNSであれば、DMやSMSなどでも良いでしょうが、のちになにか問題が発生したときすぐ参照できるように、スクリーンショットを撮って検索できるように件名や日時をファイル名に入れたりした整理しましょう。普段から仕事用のメールを作ってそれで一本化で管理すればかなり楽になると思います。
□リテイク対応
アニメにリテイクはつきもの。
前述した請負契約では基本的に成果物の提出に対する約束になっています。アニメ業界の場合、レイアウトやラフ原などの定義が曖昧なため、リテイクなどのトラブルにつながることが多々見られます。よくあるのが(作監に原画マンの)一定レベルに達していない成果物のリテイク対応を強要されるケース。
リテイクの理由はいくつもありますが
- 伝達ミス
- 変更の発生
- 技術の不足
- 明らかに手を抜いている など
理由はどうあれ、リテイクの対応についても契約書に明記してあれば、トラブルに発展しにくくなります。今までは自分のミスではない場合でも好意で対応していた方が多かったと思いますが、それを制作側が当たり前に思っていることも少なくありません。物価の上昇に対して単価がほとんど据え置きのアニメ業界ではこれまでのボランティア行為では生活を維持することが苦しくなっているので、見直す必要があります。
自分自身のミスであれば、それを直して納品し直すのが筋ですが、自分に非がない場合は拒否権、もしくは追加料金が発生する、といった自己防衛のための項目を契約書に盛り込みましょう。
恩情を大事にすることは理解できますが、それだけでは腹を満たせませんし、自身の健康に害を及ぼすことにつながることもあります。また、後進の育成のためでもあります。リテイクを通して学ぶことはたくさんあるので、描いた本人に返すことも必要なことです。
□その他
- 使用するソフト、テンプレート
- 連絡するタイミング
- 回収方法
- SNS関連
一例ですが、指定したいことがあれば、書いておくと安心です。
電子契約サービスの利用
アナログ作業などで実際に会う機会があるなら、紙媒体の契約書で締結できますが、ファイリングなどの管理や探す時の手間を考えると、電子契約システムを使った方が便利と言えます。近年はオンラインのみでのやりとりも増え、ますます電子契約システムの利用が合理的な選択肢となります。
契約書自体は自分で作る必要がありますが、下記の記事を参考にするか、後述文化庁が配布しているひな型などを使えば作成できます。
契約書の作成が済んだら、次はそれをお互い確認し、合意したという記録を残す必要があります。アナログならお互いが署名しますが、デジタルで行う場合、それを簡単に行いかつ管理する電子契約システムがお勧めです。

基本料金なしで手軽に始められます。制限はあるものの、個人で利用する頻度はそう多くはないはずなので、負担はないに等しいです。また上にあるように、色んな種類の契約書のテンプレートも用意してくれているので、至れり尽くせり。
メールを送って、相手がクリックして承認するだけの簡単操作で、特別な知識も必要ありません。無料で試せるので、機になる方は是非チェックしてみてください。
まとめ
昨今のアニメブームは衰え知らず、制作本数が増えています。人手不足などによるトラブルが頻繁に起こり、実作業の疲弊に加えて多大のストレスを抱える方も増えています。ほとんどがフリーランスであるアニメーターや演出などは自己防衛策を講じないと、体を壊してしまう恐れが出てきます。
そうならないように、制作会社と契約書を交わして、お互いに気持ちよく仕事げできるようにしましょう。最初は面倒に思うかもしれませんが、のちにトラブルに発展した際、それよりも手間がかかってしまうことになり後悔してしまうよりは良いと思います。
また、明確にすることで報酬の面でも安定化につながり、精神面でもストレスを減らせるでしょう。
他にメリットとして、カット数や金額、スケジュールを数字化することで自己管理がしやすくなります。仕事のペースを把握できるし、報酬金の交渉も具体的に数字がデータとして残してあれば、参照することができます。こういった金銭管理は仕事上だけでなく、今後の生活でも役に立つことが多くあります。
注意点として、契約書は相手を縛るために交わすものではなく、トラブルを防ぐためのものです。お互い気持ちよく仕事をするために事前に取り決めをしているのです。最終的に、人間を相手にしていることを忘れないでください。
基本的に制作会社の方で契約書を用意していますが、万が一それがない場合は自分からすぐに出せるように、事前に簡単なものでもいいので準備しておきましょう。契約書のフォーマットは一般的にものを使い、項目をアニメーターや演出、自分の職(仕上げ、撮影、編集など)に則して変更して作ってもいいです。ネット上で検索すれば無料で配布しているサイトはたくさんありますので、自分に合ったものを見つけて使えばいいでしょう。
それでも拒否されるようなら、メールにて仕事の内容と支払いなどについて記載されたメールを送ってもらうなどしてもらいましょう。それも嫌がられるようなら、仕事を請けること自体をやめる選択肢も考えましょう。そこまで頑なに拒む理由があるのなら、トラブルになる可能性が高いと予想できます。
当記事に併せて、文化庁が公表したガイドラインや一般社団法人日本動画協会が配布するガイドブック・ひな型例集なども確認、活用していただければと思います。
長くなりましたが、これを機に契約書をまだ交わしていない方はぜひ調べてみて、関わっているスタジオときっちり契約を締結するようにしてみましょう!



