超高速作画、カメラワーク、テンポのカラクリ

最近のアニメは戦闘アニメのスーパー作画がよく話題に上がり、アニメーターの評価につながることがよく見かけて、とても良いことだと思います。

その一方、それが良いと思われて、それだけをやろうとする傾向になりつつあるのはあまりよくないと考えています。

「アニメなんだから動かしてなんぼ」

そう思う方が多くいらっしゃいますね。それはその通りです。
ただ、動かすにもちゃんと全体のバランスを考慮した上でやるのが大事です。

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Overanimation

「Overanimation」という言葉が一時海外のアニメ界隈でバズりました。
意味としては過剰にアニメイト(=動かす、作画する)することです。

おそらく発端となったのがTVシリーズ『ONE PIECE』か、中国の『超能立方』(Super Cube)の一部の超作画の戦闘シーンです。

話題に上ったどの作品も作画がすごくて、ふだんのTVシリーズではみられないようなクオリティが数分間も続いていて、素人から見ても圧倒されるほどのものです。

クオリティが高いなら、なぜ一部の視聴者から非難されているのでしょうか?

すでに上で書いた通り、それらが“過剰”だからです。

何事において多くの場合、適切な量を超えると悪い方に転じます。例えば
調味料を入れすぎると、本来出したい味がぼやけます
好きな料理でも毎日毎食出されると飽きます
人が増えすぎると仕事の効率がかえって落ちます などなど

超作画が非難される他の要因に、速すぎて何が起きているのかがわからないがあげられます。
演出の面から見れば、イマイチに見える原因になっていることが多いです。

この速さについてですが、なぜそうなってしまうことがあるのか考えてみました。
結論は作り手は画面内で起こっていることを知っているからに起因しているのではないかと思います。
内容を事前に知っているから、コマ送りで見れるから、速くても気にならないのです。むしろ速ければ速い方が良いとさえ思ってしまう。

視聴者はそれが初見であることをまず考えてほしいです。何も知らない状態で見たら、それを理解できるかを。

過剰

最近見た映画の中『ジョン・ウィック:コンセクエンス』が個人的に“過剰”のいい例です。

Amazon.co.jp: ジョン・ウィック:コンセクエンスを観る | Prime Video
裏社会の掟を破り、粛清の包囲網から生還した伝説の殺し屋、ジョン・ウィック。地下に身を潜め、全てを牛耳る組織:主席連合から自由になるために立ち上がった。 組織内での権力を得た若き高官グラモンは、聖域としてジョンを守ってきたニューヨークのコンチ...

もちろんアクションが一番大事なところなので、多く入っていること自体は大歓迎です。間に入っているストーリーパートも小休憩になっていて良かったと思います。

しかし、肝心のアクションのところがとにかく長く感じました
変化が少なく、ほとんど同じようなことの繰り返しで新鮮味にかけていました。

盲目のキャラクターのところは新しい要素としてとても面白くて良かったのですが、それでも尺が長くてちょっと中だるみしました。

あの映画は2時間半を超えていて、正直なところ1時間半くらいにまとめられたら、かなり評価が高くなっていたと思います。

最近のアニメは戦闘シーンがやたらと長くて、戦っているようで戦っていないように感じています。例えば技をただ出し合っているだけで、当たってもあまりダメージ入っていない。話も進まない
大技の割には大したことなさそうに見えてしまいます。
他には空を飛んでいる時間が長いです。長々とビュンビュン飛び進んでいるようなカットが安易に入っているように感じます。

そう言う作画は大変難易度が高くて、相当な技術とセンスが求められるのはわかりますが、今はそれがデフォルトになっていて、もはや何も思わなくなってしまうくらい“普通”になりましたね。

一部の視聴者がそれを求めているので、作り手としては応えてあげたい気持ちもわかりますが、作品のバランスが悪くなってまでやることではないと思いますね。

伝話ることの重要性

これは私も常々言っていますが、作り手の意図が伝わらなければ意味がないと思っています。
クリエイターはものを作る時、何かしら伝えたいことがあって作っています。商業アニメや漫画、個人アートでも同じのはずです。

漫画、イラスト、絵画や彫刻など、じっくり見れるような作品なら一見伝わらなくても、時間をかけて鑑賞すればわかるようになることもあると思います。

しかし、アニメのような映像作品では時間軸があるため、基本的に初見では止めたりスローで見たりすることはしないと思います。
それは監督や作者の考える尺で見た方が良いからです。意図があってそう作っています

2回目以降なら、止めたりするような見方はいいでしょう。細かいところを見たり、初見で見逃していたところを再確認するなど。

もちろんそういう2回目の視聴を狙った作品作りのスタイルもあると思いますが、個人的には初回で本当に伝えたいことが伝わるように作品を作るべきだと考えています。

一番の理由は、作品を2回も見てもらえる保証はどこにもないからです。好きだからといって連続で2回も見るような人はどれほどいるでしょうか?
ただの推測ですが、おそらく1割もいないんじゃないかなと思います。

好きな映画を何回も見ることはありますが、基本的に間隔を空けてみています。作品によっては受ける印象が変わるかもしれませんが、やはり初回ほどのインパクトはないと思います。

意図とインパクトのバランス

ストーリーを伝えたいし、インパクトのある作画を見せたい…

クリエイターとして、その辺のバランスの取り方に悩まされることが多いかと思います。ではどのように配分すればいいか、一緒にみてみましょう。

例としてあげるとしたら、一番最初に思い浮かんだのは映画『SAW』です。シリーズ通して似たような手法が使われています。
※血やグロいのが苦手な方は要注意

ソウ (字幕版)
猟奇殺人鬼が命の大切さを学ばせようと、命を粗末にしている二人を拉致する。二人は生き残りをかけたゲームに参加させられ、助かるためには戦うか、さもなくば殺されてしまうという...。

殺人トラップが発動され、被害者が苦しむときのカメラワーク、カット割りのテンポや音楽などに注目していただきたいです。

カメラが良く上下左右に振ったり、寄ったり引いたり、グルグル回ったり、各カットの尺も短く切り替えが速いですよね。

実は「SAW」シリーズは他のスプラッター映画よりもグロさが控えめです。と言うより、グロい描写を映すのが比較的に控えめです。

さらに詳しく言うと、グロい部分が画面の一点に留まらないため、視聴者はそれを常に直視していないのです。
画面が切り替わるたびに、脳が見るところを探すため一瞬遅れます。要するに何が起きているのか一瞬ではありますが、わからなくなります。(トラップの仕組みは分かりやすく説明しているので、細かいところがわからなくても内容は理解できます)

それを利用して、過激さを落としています。もちろんそれでも苦手な人は目を手で覆ってしまうほどではありますが、それにギリギリ耐えられる人は見続けることができます。

そして、画面がけっこう明るくなったりしますよね?それは脳を刺激するためだと思われます。遊技機のアタリ演出のように派手に光らせて、興奮を誘っています

大事なのはそれらが延々と続くのではなく、間あいだに挟むちょっと長めで抑えめのカットがあります。それこそが作り手の伝えたいところです。
しっかりと尺をとって、見せています。それらをあちこちに散りばめられて、緩急を作っています

これがまさに意図とインパクトのバランスです。意図は画面の良し悪しよりもどれほど伝えたいことが伝わることが重要で、インパクトは見やすさよりも心情にどれほど印象強く残せるかが大事です。
その使い分けができると、余計なことを考えることなく、作品を楽しめると言えるでしょう。

こういう分かりやすいところが作品の評価の高さにつながっていると思います。

皆さんの好きな作品や名作と言われている作品、こういった目線でみてみてはいかがでしょうか?新しい発見があるかもしれません。

まとめ

映像において画面が派手に変わるのは刺激的で見る側の感情を煽ることが有効的ですが、話を伝えるのにあまり適していない

長い戦闘であっても、戦い方やバリエーション、さらに状況が変わっていくなどの変化が起きないと、飽きられやすいです。

その中で伝えたいことに優先度をつけて、比重を考えて配分することができれば、バランスの取れた魅力的な作品になるでしょう。

今回も最後まで読んでいただき、ありがございました!

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